竹のハタキの作り方・英語でYouTubeに出してみました

ハタキを作るのは、とても簡単です。身近な材料で作ってみましょう!
大掃除の季節ももうすぐになってきたので、
お掃除グッズを作りました。

ハタキの柄は、竹がしなるし、折れにくいので最適です。
ホームセンターに売っていると思いますが、
手に入らない場合は、
木の枝やどこのホームセンターでも売っている棒でもできます。
又は、細い塩ビのパイプでもよいです。

まず、
端から1㎝のところに穴をあけて、釘や細い棒を通して、布のストッパーにします。
動画では、たまたま手に取った釘を使用しましたが、
もう少し短く、太いものだと楽でした。
穴は,千枚通し(キリ)などでも開けられます。
または、短い釘を金槌で打っても大丈夫です。

また細い竹を使用する昔のやり方では、
ストッパーの棒を通すために、頭部分のちょうど、竹の節のとこになるように、
鉈で、切込みを入れて、そこにストッパーの細い棒を固定します。

布は、生地によって、ほつれやすいものもあります。
着物生地は、ほとんどほつれないように思いますが、生地によります。

生地を手で裂くとほつれにくいと思いますが、
手で裂きにくいものもあります。
生地は、縦地より横地のほうが裂き易いです。

着物裏地は、縦地でも、大体裂き易いかなあと思います。

素材は、絹やポリエステルなど、薄くて静電気が起きやすいものが最適ですが、木綿でも大丈夫です。

Tシャツ生地は、ニット地なので、ほつれにくいですが、
厚いものは、出来上がりが、少々重くて使いづらいかもしれません。
薄い生地を見つけるとよいです。

又、ストッキングも薄くて、静電気も起きやすいので、とても良いです。
ただ、見た目はかわいくないかも?

というわけでとっても簡単なので、ぜひ作ってみて下さい。
カワイイ生地で作ると、お掃除もより楽しくなります。

今回初めて、英語のYouTubeに挑戦してみましたが、だんだん、日本語になってしまいました。次回はもっとうまくやるぞ!

干し柿の切り干し

今年は、柿が不作のようです。
山梨には、百目柿という大きな渋柿があります。
これで、干し柿を仕込んだ家々の軒下には、干し柿のすだれができます。
山梨の秋から、初冬にかけての風物詩です。
澄んだ張りつめた空気の中で、とても、美しい光景です。

体の隅々まで、
厳しい冷たさに包まれた黄色い柿たちの光景が、
包まれていくような、
とても、荘厳な気持ちになります。

私の家は、猿がくるので、干し柿は干せません!
でも、干し柿大好き!
で、試行錯誤の結果、
夜や出かけたときは、
すぐに引っ込められるよう切り干しにすることにしました。

干した柿は、かなり小さくなるので、なるべく大きく切りましょう。
できたら、半分が良いけど、
つる下げないので、干すのに時間がかかります。
よって、4等分くらいが妥当です。
これより小さいと、小さくなりすぎて、食べ応えが物たちないかな?

長い時間干しますから、カビが生えやすいです。
対策をしましょう。
まず、熱湯にくぐらせ、のち、ホワイトリカーにもくぐらせます。
その後、お天気の日は、気長に干してください。
夜、取り込んだら、
私は、ストーブのそばで干します。
寝るときは、
冷蔵庫の中に入れておきます。
冷蔵庫の中は、乾燥しやすいので、そのまま、裸で入れておけばよいと思います。

とっても時間のかかるものですが、
干しあがっていただいたときは、至福のひと時です。

そして、手間暇かけたものを、
家族や好きな人たちにおすそ分けしてあげることができたとき、
大げさかもしれませんが、
今年の平穏や自分が生きていられる満足感や、
毎日毎日、
お日様を見て、地面の生き物と一緒に生きていける幸せを受け止められて、
感謝の気持ちが、たくさんあふれてきます。

今年も、
干し柿を食べられる幸せに感謝します。
ありがとう、すべてのもの。

ヨウシュヤマゴボウの染め

ヨウシュヤマゴボウを染めました。
ミョウバン媒染と鉄媒染はウールの草木染と、
花びら染めのやりかたで、染めました。
草木染のやり方で染めは、堅牢度が良いと思いますが、
花びら染めのものは、あまり堅牢度が良くないかもしれません。

ヨウシュヤマゴボウの実は毒がああるようなので、
取り扱いには注意しましょう。

ミョウバンは媒染は、染める物の6%と酒席英4%で、
1,2時間かけて沸騰させて、
その後、少し火を弱めて、30分くらい煮ます。
終わったら、よく洗って、余分なミョウバンを落とします。

ウールのミョウバン媒染は先媒染となります。
ウールの鉄媒染は、後媒染ですが、ヨウシュヤマゴボウの実の場合、
赤系を出したい場合は、後媒染だとだめのようです。

実の汁に酢酸を加えて取り出す花びら染めのやり方だと、
うまくいったようです。

実が足りなかったので、残りのウールは、
軸や茎で草木染のように煮だしてやりました。
これはうまく染まったようです。
この染は、草木染なので、堅牢度もそれなりにあると思います。

今日やったこと

10月のウリウリばあちゃんの一日です。
寒くなって来たので、薪作り、ネット注文の藍染、
YouTubeのコメントでリクエスト受けたヨウシュヤマゴボウの染め。
寒さに備えて、毛布みたいな大判ストール作り、
庭の流し改良とレンガの敷きなおし
などなど、もっと続きますが、長くなるのでこのくらいにしました。

毎日、一つことしないで、いろんなことを混ぜこじゃで、
やってます。
それが私には、一番楽しく落ち着きます。

はちみつで元気ドリンク

マヌカハニーに梅エキスとレモンショウガはちみつで毎日元気

私は胃弱かも、本当に時々ですが、たぶん、食べすごカモ、
胃がなんとなく重い感じの時があります。
そういう時は、
梅エキスとマヌカハニーを混ぜたドリンクを作って飲みます。

梅エキスは、青梅を種を取ってすりおろす又は、砕いて、
何時間も煮詰めて作ります。
焦げるといけないので、ずっと、混ぜてないといけないから、
かなり大変です。

梅エキスの動画 

なんで市販の梅エキス購入したほうが良いと思います。
梅肉エキス

マヌカハニー  
ソーダマシン       
国産蜂蜜
       
エキセアハーブティー   

マヌカハニーはニュージーランドに自生するマヌカの花からとったはちみつです。
天然の抗生物質といわれています。
その含有量によって、UMFやMGOなどの値で示されるようですが、
多く含んでいるものは、かなり高いですから、
わたしは、250gで3000円くらいのものにしています。
これは、マヌカハニーとしては、安価なもののようです。
いつも、梅肉エキスと一緒に飲みます。
梅肉エキスが良いのか、マヌカハニーが良いのか、
はたまた、暗示にかかりやすいのか、
しゃっきと、よくなります。

私は、胃が重い、二日酔い、夏バテ、風邪ひいた、
なんとなく調子悪い時などに飲みます。

常飲するのは、
ハチミツに、ショウガとレモンを入れたものです。
ハチミツは、温度を加えてないもの、圧縮して絞ったものが良いと思います。

蜂さんが一生懸命取ったものを横取りして悪いんですが、
ハチミツは、自然の贈り物かなあとつくづく思います。

秋の昼ご飯・むかご・あけび

町の駅に行ったら、
農林48合の新米が売ってました。
農林48号は、農林8号と陸羽132号を交配させて、
昭和24年に、愛知県の農業試験場で育成されたものだそうです。
栽培が難しく、すたれていったそうですが、山梨県の当時武川村で、
縁故米として細々と栽培されていたようですが、
冷めてもおいしいという特性で、すし屋さんで評判になって、
最近の栽培技術の進歩もあり、武川町に限らず、北杜市では、少量ですが、栽培されるようになったようです。
寒さに弱いということで、
武川町でも、
栽培場所は、限られるようです。
新奥、山高あたり、少し標高のあがる柳澤は、栽培できないようです。
これに、
むかごが売っていたので、農林48号、通称よんぱちの新米で
むかごご飯を作ってみることにしました。

それwから、アケビも売っていたので、
買ってきました。
アケビは、中の小さい種の周りについたゼリー状の部分を、食べて、
種は出すんだそうです。
これ食べるのなら、
メロンだって、甜瓜だって、種の周り捨てるけど、
それ食べたほうがおいしいような気もするんですが、、、

外の皮も、天ぷらにしたり、煮物にしたりできます。

それから、具沢山のいつものみそ汁を作りました。

みそ汁には、4回使った糀水の残りかすの麹を入れて煮ました。
入れなくても良いのですが、捨てるのは、忍びないので、
いつも、みそ汁に入れています。

糀水は、
糀少しにつかる程度に水を入れて、12時間冷蔵庫に入れて、
その糀水を顔を洗うような間隔でたっぷり、つけます。
残ったら、朝は、スムージーに、夜はそのまま飲みます。
この糀は、4回糀水にします。

干し納豆の簡単な作り方

納豆がすごく好きな水戸の知人に教えてもらった干し納豆の作り方です。

とっても簡単にできます。
ぜひ作ってみてください。

まず、納豆に塩を好みの量振ります。
それから、
くず粉、または、片栗粉を納豆が白くなるくらいにまぶします。
味付けは、塩だけのほうがシンプルでよいと思いますが、
好みで、
青のりやその他入れても良いと思います。

粉を振った納豆を干します。
天気の良い日なら、一日干せば十分と思います。

くれぐれも干しすぎて、納豆が硬くなり過ぎないようにしてください。

おやつや酒のおつまみにとても良いです。

40年前、古民家に住んでいました

私はとても着物が好きでした。
そして、着物の仕事がしたいと思っていました。
偶然日活撮影所で働くことになりました。
それは、私が、着物が好きというので、衣装の仕事をすることになったのです。
でも、
同時の日活は、にっかつといって、ロマンポルノをメインにしていたわけで、着物の仕事とは少し、隔たりがあったかも、
それでも、私が着ものをやりたいということを知っていた、
衣装部の人たちは、私に着付けの特訓をしてくれました。
ロマンポルノの撮影現場にも、衣装として携わりました。
たくさんのワンダフルに恵まれて楽しい日々を過ごしました。
根岸吉太郎さんの監督作品の時には、衣装のつながりを間違えてしまいました。
車の中に乗っていた男の子たちが、降りたときは、違う服を着ていました。

監督には、怒られませんでしたが、しこたま、スクリプターの白鳥あかねさんには、怒られました。
今は亡き、秋山みよさんとか、スクリプターの人は、監督以上に怖い人たちが多かったです。
まさに、わたしにとっては、映画の現場は夢工場という言葉が、ピッタリの日々でした。
楽しい日々が続きました。
が、
楽しい日々を続けることは、生産性に欠けると悟り、
その後、
機織修行、
後、
本格的に、絣の着物を織り始めた私は、
一人、山梨の集落の中の古民家を借りて、機織三昧の日々を過ごしました。
そこでの5年間は、
古い家の波動と向き合い、そこにあった石仏と会話し、
研ぎ澄まされた時間と空間を過ごしました。

古い家が私に子供を授けました。
まさに、
そんな感じだと思います。
それから、
古い家で、私は子供との生活を楽しみました。

約40年前に古い家に一人住んだ私の体験です。

40年前に一人暮らししてた家です。
古い家には、住んでいた人たちの歴史がしっかり詰まってます。
その人たちに育てられた家は、歴史となって家も育ちます。
その家と同化して、私もその家の一員として、歴史に加わった。
家と暮らす、まさにそういうことかなと思いました。

私は、今、
私の作った家に住み、
子供も自立し、
私は、私の夢に向かっていきたいと思います。
たくさん夢があるんだよ。
全部はかなわないかもしれないけど、
一つでも、かなえば、うれしいよ。
みなさんも、

些細な夢でもいいじゃないですか、
かなえましょう。

欲張りな私は、
小さい夢も、大きい夢も、
たくさん夢持ってます。
人生忙しいよ!!!!!!

少し長い動画になってしまいました。
見ていただければ幸いです。

丈の長すぎるTシャツを短くして着る

長くてバランスの悪いTシャツはきってつなぎ合わせて、着ましょう。
幸い、ニット地なので、切りっぱなしてにしても、
布はほどけてきません。
割かし自由に遊べます。

一人で完結、作業です。

適当にTシャツを切ります。
そして、重ね合わせて、適当に縫います。
それだけです。
気が向いたら、
やってみてください。

前回、切ってつなぎ合わせたものは、ハサミ入れたときに、
違うとこ切ってしまいました。
そういう時は、違う布をワッペンみたいに貼り付けて模様にするとよいですよ。
色んなこと考えると、
きっと楽しいあなただけのオリジナルTシャツで着ると思います。

朝市の思い出

八ケ岳 原村朝市は、30年くらい前に、近所のおばちゃんたち数人が、
手作り品や育てた野菜など持ち寄って売り始めました。

それから、
だんだん、出店者は増えていきました。
私も数年後、誘われて、
染めたものや、織ったものや、縫った洋服などを売り始めました。
その頃は、10店舗とか、20店舗くらいでしたが、
だんだん参加者が多くなっていきました。
うわさを聞きつけて、
松本や名古屋方面からくる人もいました。

朝市出店者は、今でも増え続けています。

陶芸や洋服や、染物やドライフラワー、木工品、ビーズ、アクセサリー
などのクラフト品、
ジャムや、コーヒー豆や、ケーキや、パン、クッキー、ハム、春巻き、粽、
などの手作り食品、
コーヒーやさん、
マッサージする人、
野菜や果物、さまざま、自分たちの自慢の手作りが並びます。

夏休みなので、ラジオ体操も行われます。
出店者の子供たちや、近所の子供たちや、大人も、
頑張って体操しますよ。

毎年、にぎわっていた朝市ですが、
今年は、感染の拡大を懸念して、中止になってしまいました。
とってもさみしい夏になりました。

でも、私は朝市広場に、未練があって、
何とか、今年も、朝市とかかわりたいと思いました。
その時にひらめいたのが、

この朝市広場で、20数年前に小さい子が食ってたパンを後ろから、
鴨川のトンビのように、かすめ取ってしまった、思い出です。

5,6歳だったその女の子は、すごく怒って、
その後、私とお話をしてくれなくなってしまいました。

その後の女の子の展開を予想せず、分捕った私の大人げなさを、
ずっとしまい込んで生きとったのだが、
今年は、

それ、広げることにしました。
その子が、今は、動物の絵を描いてくれるオンラインショップを
やるようになっていたので、
一念発起、お願いしてみました。
私は、
その子にオリジナルの型紙を作ってもらって、染めてあげる、
それで、亡くなったうちのシロの絵を描いてもらうことにしました。

彼女は、
快く私の物々交換の申し出を受けてくれて、
めでたく、
シロの絵が出来上がり、彼女のデザインしたTシャツもできました。

この交換会を朝市会場でやるというのが、私のアイデアでした。
そういうわけで、
今年も私は、なんとなく、朝市広場とかかわりあえました。

出来上がったシロの絵を見ていたら、
シロとの思い出がたくさん浮かんできました。

シロと私で森の中を散歩してたら、
がっさ、がっさという足跡が聞こえてきました。
近所の人がくるのかと、思っていたのですが、
どう考えても、人間の足音ではないのです。
少し歩幅のある重い足音、
見通しの悪い森の中だったので、
姿はまだ見えませんでしたが、
とっさに熊かもと、
ひらめいて、シロを置いて一目散に走って逃げました。
熊なら騒いだほうがいいかもと、
シロ、シロと大声を上げて逃げました。

多分、シロと呼ばれたれた本人は、
がんばれといわれたと勘違いしたのかもしれません。
ガンガン物体に向かっていって、吠えてました。

柴犬ほどの大きさです。
どんな戦いをしたのか、
しばらくして帰ってきたシロの鼻のあたりには、
ひっかき傷のようなものがありました。

シロがいなかったら、襲われていたかもしれません。
命の恩人です。
でも、シロがいなければ、
森の中に一人、散歩に行かないだろうという事実もあります。

若かったシロは頼もしかった。

それから、おばあちゃんになっても、元気に楽しく生きてましたが、
18年目の冬、ある日突然、立てなくなってしまいました。

立てなくなった夜、電気を消すと、
シロは、動かない頭を振り絞ってあげました。
電気消さないで、って言ってるようでした。
夜中中明るく照らした部屋で寝ていました。
翌日は、車検の代替え車をとりに行く予定があったので、
シロを置いて出かけました。

いってくるよって言ったら、行かないでって、
もう、頭を上げることができなくなっていましたが、
少しこちらに振り絞って動きました。

代替車に、シロをのせることは、できないので、
そのまま出かけました。

戻って来た私に、少し動いて反応しました。
抱っこするのを待っていたように、
静かに、本当に静かに、息を引き取りました。

静かに息を引き取ると、よく言いますが、
この時のシロがまさにそんな感じでした。
何も心配を抱えず、
静かに18年間を終えました。

河原でシロに会えた偶然をとても感謝します。

そして、Yちゃんに出会えたこと、
描いてもらったシロの絵、
シロにもらったたくさんの大切な思い出、

そして、

ウリウリばあちゃんは、
未来に向かって、
毎日を大切に生きていきたいと思います。

読んでくださった方々、
動画を見てくださった方々、

ありがとう。

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